2012年1月17日 (火)

コンパクト電動スナイパー

A2c00a スコープと本体をセットで精度を突き詰めた場合もちろんスコープは外したくない。フィールドへの輸送中に精度が狂うのもいやだからセットした状態で入るハードケースで持ち込みたい。しかしハードケースは大きいと車のトランクに入らない。そうなると銃のサイズを考えなくてはいけない。やはりフルサイズのライフルは厳しい。アウターは14.5インチか?などと考えて結果こうなりました。A2c03a

元がこれだったんで前と後ろが大分詰まったね。

しかしこのU○Cのアウターバレルは酷かった。位置決めのピンが真上に打たれてないからチャンバーが斜めになっちゃってマガジンが刺さらない。まあどうにか修正して形にしましたが。前がPDIのアウターだったんで余計に精度の悪さが目に付ついた。

今回は内部的に色々と実験要素を入れていて、インナーバレルにオルガのマグナスを組み込んでみた。併せてHOPも電気なまずを採用。バレル長260mmでフルシリンダーという構成です。まだ遠距離の弾道を確認していないので広いところで試してみたいね。

ただね、ここに来て気になることがあって・・・というか、前々から気付いてはいたんだけども気になってしかたがなくなってきた。A2c01a

それがこれ。

お分かり頂けただろうか?

そうです、RASとレシーバーの上部のレールがまったく合っていません。高さが違うというよりレールの厚みがまったく違います。実際にはLaRueタイプのRASの方が20mmの規格に忠実でアーマライトのレシーバーは上下幅が太いです。おかげで光学機器がうまく乗っかりません。アイアンサイトをフロントとリアに付けても高さが合いません(ある程度調整はできるが)。

アーマライト結構好きなんだけどねえ。Classic Army頼むぜ・・・

そんな訳でレール精度のいいレシーバーに変更するか思案中です。

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2011年10月22日 (土)

装備リアル化計画1

Rrv01 なにか狙い撃ちされたように週末が雨降りという事で今週は出陣出来ません。残念です。

今回お披露目予定だった装備、EAGLEローデシアン・リーコン・ベストRRVをこの場で紹介することにしまっす。

基本的な形はBLACKHAWK社のコマンド・リーコン・チェストハーネスと一緒です。どちらがパクったとか言う訳でなく、要するにプレートキャリア+チェストリグという発想でデザインされた製品ですね。市場に出回ったのはEAGLEのローデシアン~の方が先だったと思います。

Rrv02 今回の装備リアル化計画を進めるにあたって何としてもやりたかったのがこれ、EAGLEのMOLLEプレートキャリアとの合体。

5年越しのアップグレードです。迫力が違います。夏は着たくないけど(笑)

重量配分も前後ろでバランスが取れるのでダレてくる感じがあまりないという効果もあり。

ポーチ類は今年の夏前ぐらいからコツコツと米軍放出品等を付けていって先日やっとこの形に納まりました。

ハサミやらカラビナやらサイリュームなど、サバゲに使わないものが付き始めたことからお気付きの様にコス路線に振り始めています(笑)

Rrv03 もうちょっとスペースが残ってるのでリアル小物をぶっこみたいところです。

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2011年9月20日 (火)

スパイBOY

Sxrimg0129 誰だってボンドみたいなゴキゲンなスパイになりたいもんだよね。

というわけでM84のスパイパックです。手に入れたのは随分前なんだけどね。映画007 ダイ・アナザー・デイでボンドガールのハル・ベリーが使用していた銃のレプリカ。銀メッキに木製グリップという組み合わせが美しい。持ってみるとABSなので以前紹介したアルティメット・ヘビーウェイトに比べるとかなり軽く感じる。ヘビーウェイト素材にはメッキが乗らないので最近のウェスタンアームズは銀塗装ばかりだが、こればっかしは「軽くてメッキ」か「重くて銀塗装」か選ばなくてはならないのでしかたない。

Sxrimg0148特徴的なサイレンサーは専用のものでインナーバレルに捻じ込む方式。これはリアルではないがネジ山が目立たないのでなかなか良い。フレームの右側にあるライセンスの刻印は逆に目立ち過ぎていただけない。

さて、スパイと言えば有名なのはジェームス・ボンドの所属するMI6の英国だが、米国のCIAも有名だし、旧ソ連のKGBを母体としたロシア連邦保安庁FSBはプーチン首相が過去に長官を務めていたことでも有名だ(プーチンは前身のKGBにも所属していた)。では我が日本の情報機関はどうなのかというと、規模、能力ともに前出の有名どころと比べると完全に見劣りする。

Sxrimg0139 まず何と言っても防諜がヤバイ。このヤバイは本来の意味の方で。イージス艦情報漏洩事件上海総領事館員自殺事件なんかは完全に中国のスパイにやられちゃってます。もともと日本は第二次大戦の頃から防諜に関して弱かった。ゾルゲ事件や暗号が早期に解読されていたのにそれに気付かない等、国家の命運を左右する情報の取り扱いに無神経すぎた。未だに日本にはスパイ活動そのものを取り締まる法律が無いため外国スパイにとってスパイ天国となってる。

情報収集に関してはどうか? 日本の情報機関は警視庁、警察庁、防衛省、法務省、外務省それぞれにあり、国家として総合的な情報の分析がなされているか疑問がある。強烈な縦割り行政によるセクショナリズムが情報の停滞と非効率を生んでいないか心配だ。

できれば英国MI6を手本とした首相、外務大臣直属の総合的な海外情報収集、分析組織の創立が望ましい。相手の本音が分らなきゃ外交で駆け引き出来ないでしょ。そうすれば日本の外交政策は今よりはまともになるんじゃないだろうか。

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2011年8月31日 (水)

日本の首相

Yaruta 首相が替わったわけだけど、なんか日常茶飯事過ぎて慣れてしまったね。日本の首相の任期はもともと1年なのかなという気さえしてきたよ。

支那事変(日中戦争)開始から太平洋戦争終了までの約8年間の日本の首相は近衛文麿-平沼騏一郎-阿部信行-米内光政-近衛文麿-東条英機-小磯国昭-鈴木貫太郎の計8人。

当時の敵国である中国(中華民国)の指導者はどうか?蒋介石ただ一人である。ちなみにあたりまえのようだが独裁のドイツはヒトラーのみ、ソ連もスターリンのみ、イギリスはチェンバレン、チャーチル、アトリーの3人だが戦争の指導ということではチャーチルがほぼ全期間おこなっている。アメリカはルーズベルトとトルーマンの2人、しかしルーズベルトは任期途中の病死の為、任期を全うしていれば一人でこの期間を指導していたことになる。

この世界史上最も重要な8年間に日本は指導者をこれだけ変え、そして負けた。これは非常に示唆に富む事象ではないだろうか。

たとえばこれだけ指導者が変われば外交方針が定まらず外国の信用も得られないとか、これだけ変えたのにチャーチルや蒋介石クラスの指導者が出てこなかった人材的な貧弱さとか、だれが首相になろうとどうにもならない政治システムの欠陥だとかいろいろな問題が指摘できると思うのだが、これが現在の日本の状況と非常に似ている事に気付く。

8年間に8人、年平均1人。実際には近衛文麿は通算で約2年10ヶ月、東条英機は約2年9ヶ月在任しているのでちょっと強引な感じもあるが、平均値では安部首相以降の首相在任期間と符合する。

確かに、首相の器で無い人間が首相になったときすぐに首を挿げ替えるのは被害を最小限に食い止めるという意味では有効かもしれない。しかし、これだけ首相が変われば長期的な政策も行えないし、外国は日本と関係を深めようという意欲を無くしてしまう。問題は「その器で無い人間が首相になってしまう」ことにある。

その「器」とは何だろう?一言で言えばリーダーシップということになる。だが現時点でチャーチルや蒋介石クラスの人物は高望みし過ぎだ。ルーズベルトやヒトラー、スターリンを含め、彼らは50年に一人ぐらいの稀有な指導者であり、第二次世界大戦ではたまたま同時代にこれらの指導者が権力の座に居たから史実のように展開したとも言える。日本において彼らクラスの指導者は伊藤博文と吉田茂しかいないだろう。しかし悲観することはない。このクラスの人物は世界においてもなかなか出てこないからだ。現在ではロシアのプーチン首相が唯一このクラスなのではないだろうか。(ちなみに伊藤博文が首相になったときの年齢は44歳。若いね。)

今の日本では、少なくとも4年は首相を勤められる人物が求められている。戦後に4年以上首相を務めたのは小泉純一郎、中曽根康弘、佐藤栄作、池田勇人、そして吉田茂である。吉田は別格としてもこの顔ぶれに匹敵するリーダーシップを持った人物が必要だということだ。このレベルの人材がコンスタントに育ってこない政治環境が一番問題なのかもしれない。

50年に一人の指導者とそれ以外の違いは「その国家が40~50年はこれでいけるという仕組みを構築する能力」の有無である。この仕組みが有効な間はそれを継承する限り多少出来の悪い指導者が後を継いだとしても国家の大事は起こらない。吉田の作った仕組みは冷戦構造が終了したことによって機能しなくなった。今の日本には新しい仕組みが必要であり、それを構築できる指導者が待ち望まれる。

また現在の日本の周辺国を見渡してみると一党独裁の中国、世襲による独裁の北朝鮮、実質プーチンの支配するロシア、大統領制の韓国(任期5年)、すべて指導者の任期(?)が日本と比べて長いことが分るはずだ。日本も首相の選出方法や任期など基本的な統治システムについての改革を考える時期なのかもしれない。

野田政権が短命でない事を祈る。

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2011年8月27日 (土)

アルティメッツBOY

M8400 なんか今年の夏は天候が不安定だよなぁ。というわけでウェスタンアームズのベレッタM84FSチーターです。米軍制式のM92のデザインそのままに.380弾仕様で一回り小さいのがこのM84。

俺にとっては、最初に手にしたのが二十歳ぐらいの時に映画撮影で使ったM84だったのでM92の方が拡大版という印象が強い。実際アメリカンポリスのリーサルな人やダイ・ハードな人はガタイが良いのでM92をスマートにキャリング出来るが、標準的な日本人の俺にはM92はデカすぎる。腰に吊るすにしても、脇に吊るすにしてもコンシールドキャーリーできません。というより警察用拳銃として日本では9mmパラは高威力過ぎます。ということで日本では麻薬取締官、所謂麻薬GメンがM84のシングルカラム版であるM85を使用している。

M8401 当時映画撮影で使っていたのはマルシンの固定スライドでFSタイプではないトリガーガードがツルっとしたデザインのものだった。初めて握った時に大きさといい、重さといい、グリップ感といい非常にピタッと来るものがあり「へえ、こんな銃があるんだ」と、いろいろ銃について調べたことがそれまでGUN関係に興味の無かった俺がこっちの世界に入っていくきっかけになった。

M8402 今回のM84はアルティメットHWということでグリップまでヘビーウェイト素材を使い、アウターバレルも金属とのハイブリッドにしたことによって680gという重量を実現している。小柄なボディに程よい重量感と凝縮したリアルな質感がまことに良い感じです。ウエスタンアームズはベレッタのライセンスを取得していてデザイン、刻印などがリアルなのは良いのだが、前バージョンまで正式ライセンスを示す文言がフレーム右側にびっしりと打たれていた。今回はそれが無いこともポイントが高い。

M8403 じゃ、今からこいつをバディにして潜入捜査に行ってきます!

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2011年8月15日 (月)

あの戦争で得た7つの教訓

Hist01 今日は66回目の終戦記念日ということもあり、すこし戦争について考えてみたい。

ここでいう戦争とは、昭和20年(1945年)8月15日に終わった日中戦争と太平洋戦争を併せた戦争である。世界的には第二次世界大戦の太平洋戦域と呼ばれ、戦時中の日本では大東亜戦争と呼ばれていた。

例えば第二次世界大戦で日本やドイツが勝利する可能性を考えたことは多くの人があるだろう。なかなか面白い思考実験だが、ヨーロッパ戦域と比べてアジア・太平洋戦域は何か重たいものを感じる。

自分の国が当事者だからという理由だけではない。アメリカに戦いを挑んだ時点で、様々な歴史的分岐点を史実と違うパターンでいろいろと辿ってみても結局は日本が負けるからだ。個々の局面、例えば太平洋戦線の転回点と言われるミッドウェー海戦で日本が勝利したとしても、アメリカは失った戦力を数ヵ月後には再度投入できる。総力戦とはそういうもので、相手の生産拠点を潰すか資源の供給を止めない限り戦争自体には勝利できない。圧倒的な国力差もさることながら、日本にはアメリカ本土の生産拠点を破壊したり占領する力が無いという時点で残念ながら戦争に勝利できる可能性が無いということだ。つまり、アメリカを相手にした時点で詰んでしまうので、いろいろと考えてみても徒労と化すから重苦しいのだ。

したがって、一つめの教訓は「自国と相手国の力を冷静に比較し判断しろ」である。

当時の日本の指導者層はこうした現状がわからなかったのだろうか? 実は概ね解っていた。しかし現状を吐露して「無理です、できません」ということを誰も言えなかった。なぜか? それまでさんざん威勢のいいことを言ってきた軍上層部は実際にはアメリカとの戦争は無理だと思っていても、自分がそれを言い出して責任を負うことを恐れたのだ。その結果、現実的で論理的な発言は弱気であると捉えられ、大和魂に代表される精神力を過大に評価することによって自分たちの力を盛って話すことが常になっていく。そうした体質から敵戦力の過小評価、自軍戦果の水増し、損害の隠蔽なども起こり、正確な情報を基にして議論するということが出来なくなってしまった。

二つめの教訓は「虚飾のない誠実な発言ができる健全な組織環境を構築しろ」である。

それならアメリカと敵対しないシナリオを構築するべく少し時間を巻き戻して日中戦争(太平洋戦争以前には支那事変、もしくは日華事変と呼ばれていた)のうちに何か手を打てないか考えてみるとしよう。日本とアメリカが敵対した理由は簡単に言ってしまえば蒋介石の中華民国(国民政府)を認めるか、認めないかということに集約される。昭和12年(1937年)7月に始まった日中戦争はその年の終わりまでに日本軍に有利な形で膠着状態に入り、翌昭和13年の1月、日本側から「以後、国民政府を相手とせず」という声明を出して蒋介石との交渉を一方的に打ち切ってしまった。史実上この時が和平できる最大のチャンスであり、この後戦況は泥沼と化してゆく。そういった意味で交渉打切りを決定した当時の近衛文麿首相の責任は重大だ。

また、終戦直前の昭和20年(1945年)7月26日に連合国からポツダム宣言が出された訳だが、日本は躊躇し、一度は黙殺する。その後原爆投下、ソ連の参戦を経て8月14日に連合国に受諾を通告している。これにしても7月26日に即日受諾する用意があると通告していれば広島、長崎、満州、樺太などで多数の命が助けられたはずだ。ソ連の侵攻を止められたかどうかは正直微妙だが、少なくとも原爆投下は避けられただろう。

三つめの教訓は「戦争は止められるチャンスがある時に必ず止めろ」である。

それでは、近衛声明を出してから真珠湾攻撃するまでほぼ4年間もあったのに何か打つ手は無かったのだろうか?蒋介石は中国奥地の重慶に篭ってしまい、決定的な打撃を与えられない。そんな中で日本は傀儡政府を樹立し、アメリカは非公式に(とは言え公然と)重慶政府に援助を始める。時が経つにつれて日本はあせりと厭戦感を募らせていく。当時の日本の指導者たちもさすがにアメリカと完全に対立するという構図は避けたかったのだろう。何度か水面下で重慶政府との和平交渉が試みられたが結局実を結ぶことはなかった。交渉条件には日本軍の少なくとも部分的な撤兵が必要だが、事変が長期化したことにより戦死者が増え、その重みによって、大きなものを得なければならない、ただでは帰れないという感情が生まれてしまったのだ。これによって戦争目的が膺徴(ようちょう・こらしめるの意)から侵略に変わってしまった。

ちなみに日清戦争は1年4ヶ月、日露戦争は1年7ヶ月、シベリア出兵は4年2ヶ月、満州事変は5ヶ月という期間戦っている。長期に渡ったシベリア出兵は駐兵2年目を迎える頃には戦争目的の曖昧さもあり、兵士達の軍規は乱れ厭戦感が漂っていた。しかし軍上層部は何かを得なければこの戦いを終われないという思いから政府が撤退協定を結ぶ前夜に総攻撃をかけて協定を潰してしまう。こうして更に2年近く極寒のシベリアで赤軍ゲリラと血で血を洗う泥沼の戦いを続け、何も得るものも無く撤退するのである。

四つめの教訓「戦争が長期にわたると引くに引けなくなる」である。

また、パートナーが適切だったのかという問題がある。アメリカは日本が中国から撤退しない上にイギリスと戦争中のドイツと同盟を組んだことによって完全に敵意を持ってしまった。では日本にとって日独伊三国同盟(昭和15年)はアメリカ・イギリスと完全に敵対しても構わないほど価値のある同盟だっただろうか? 戦略的に見て日本が陸軍国であるドイツと組んでメリットが有る状況はソ連に対して両国が同時に攻めるか、ソ連を同盟に引き込んで資源と技術と人員をシベリア鉄道で交流出来るようにするしかなかった。したがってドイツがソ連に侵攻し、日本が侵攻しなかった時点で同盟のメリットは消滅したのである。このドイツによるソ連侵攻は事前に日本との話し合い無く始められた為に、ソ連を同盟に引き込む方向で考えていた日本は完全に裏切られる形になってしまった。ヒトラーはこのように信用できない人間であり、日本はこの時点で同盟を解消するべきだったのだがなぜかそれをしなかった。

そもそもドイツと日本は反共産主義の立場から昭和11年に日独防共協定を結んでいたが、昭和12年の日中戦争勃発時には蒋介石の国民政府軍にドイツが軍事顧問、物資を送って加担したり、昭和14年に防共協定違反である独ソ不可侵条約を、これまた日本に事前に何の連絡も無く締結したりとメチャクチャなことをやっている。こんな信用のならない相手と日本はなぜまた同盟したのか? 当時ドイツは周辺国を次々に撃破しヨーロッパを支配する勢いだった。日本はただ節操無く勝ち馬に乗る為に同盟をしたのである。その時のスローガンは「バスに乗り遅れるな」。そんなバスは乗り遅れればよかったのだ。ドイツは日本との同盟が有ろうが無かろうがソ連に突っ込んで自滅したのだから。

五つめの教訓「信用できる相手と同盟を組め、裏切りがあったなら即破棄しろ」である。

また少し時間を巻き戻して日中戦争(支那事変)がどのようにして始まったのかを見てみよう。これは従来「盧溝橋事件」といわれる日本軍演習地に何者かが小銃を撃ちこんだ事件によって始まったとされている。しかし実質には第二次上海事変に代表される国民政府軍(以後国府軍)の日本への開戦を決意した挑発が原因であり、当初の出兵は在留邦人の保護の観点からも必要な行為だった。国際社会の受け取り方も同様で、これは然るべき行動と捉えられている。上海での戦闘に勝利した日本軍は当初の目的を達したわけだが、その後敗走する国府軍を追って設定された作戦地域を現地の独断で越えてしまう。ドイツを仲介とした和平交渉が始まっている中でこういった現場の独断専行は交渉の前提条件を変えてしまう行為であり、交渉自体を難しくしてしまった。結局、中央は現場の独断専行を事後承諾してしまいお咎めなし。後に和平交渉が行き詰まり、前出の近衛声明へと繋がるのである。

六つめの教訓は「出先機関の独断専行には罰を与えなければならない」である。

軍紀が厳しいイメージのある日本軍がなぜ中央の命令に背いて独断専行したのか? それは悪しき前例があるからだ。昭和6年(1931年)に起きた満州事変である。南満州鉄道の線路が爆破されたことによって始まったこの事変は最終的に満州国の建国に繋がるのだが、これは関東軍の石原莞爾、板垣征四郎等による独断の謀略であり、政府や中央の命令無しに行なわれた。日本の兵隊は天皇陛下から預かった兵とされており、中央(天皇)の命令無しに勝手に動かすのは重罪とされていたが、満州事変に関してはまったくお咎めなしどころか石原や板垣は昇進さえしている。これが出先機関の暴走を意味する「関東軍」の所以だが、中央は線路の爆破自体も関東軍の自作自演であることを把握していながら満州国を承認してしまう。これを見た軍人達はどう思ったか?「手柄を立てちまえばこっちのものだ!」であろう。以後、このメンタリティが特に陸軍の中堅幹部に蔓延り、中央の制御が効かない体質を生み出したのである。

また、当時のマスコミの中心である新聞は満州事変からこぞって軍に好意的な報道をした。言論統制があったからではない。売り上げを伸ばす為に単純に民衆の感情(当時一般には中国人が線路を爆破したとされていた)に迎合した結果である。それが後々対米開戦へ民意を扇動することにも繋がった。

七つめの教訓「マスコミのナショナリズム扇動に気をつけろ」である。

自国の歴史、文化、国民気質に誇りを持つのが健全な愛国心だとすれば、他国から様々なものを不当に奪うことに罪悪を感じなくなるのがナショナリズムのダークサイドだと言える。もちろん当時は帝国主義が世界のルールであったわけだが、満州事変などはたとえ線路の爆破が中国人の仕業だとしても、その後の経過は明らかに何らかの事前準備がなければできないほど周到に満州国建国まで進んでいる。ジャーナリズムがまともに機能していれば事実追及や批判が有って然るべきだが、マスコミは偏狭なナショナリズムを国民に植え付けるだけの装置と化した。

以上七つの教訓はあの戦争から得たものとして押さえておきたい。

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2011年8月 4日 (木)

カービンBOY2

Sxrimg0109 いやー、いつのまにか2ヵ月もたってたよ。

夏はやっぱガスだわ。というわけでマルシンM2カービンです。Sxrimg0110

形はそっくりM1カービンだが、セレクターでセミオートもフルオートも可能。小気味よいブローバックがたまらないっす。そしてなんといっても構えやすい。Sxrimg0116 木製部分はM1よりも高級感漂う材質が使われていて、重量もちょっと重くなっている。ちょっと色合いが明るすぎる感じがするけど質感がカチッとしていて好感が持てる。やはり木と鉄で出来ている銃ってのはなんとも言えない趣があります。

Sxrimg0122 カービン、カービン言ってたらついにM1、M2、M4と揃ってしまいました。M3カービンというのはM2カービンに暗視装置を付けたものなので実質コンプリートということになっちまうかな。どこまでカービン好きなんだよ。

Sxrimg0124 WW2からベトナム、初期自衛隊まで幅広く活用できるこのM2カービン、今回は6mmBB弾仕様なのでマガジンの装弾数も30発だし使い勝手もいいね。このシーズンならフルで全弾息切れなしでブローバックしてくれます。マガジンがあと2個ぐらいあればサバゲでも使ってみたいね。あとは初期型のショートマガジンもオプションで出してもらえれば言う事なしですな。マルシンも8mmにこだわらないでこれからはどんどん6mmでリニューアルしていただきたい。

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2011年5月29日 (日)

カービンBOY

M4901x_2 関東が例年よりも早い梅雨入りということで、野外活動が難しい状況になってまいりました。

しょうがないので、どノーマルだった次世代M4A1を少しいじってみた。SOPMODⅠキットが支給され始めた2000年代初頭のセッティングの再現。同時多発テロに端を発するアフガン紛争の初期ですな。可視/IRレーザーサイトがPEQ-14なのはご愛嬌で。なんというか、かなりオーソドックスな軍用銃の佇まいです。

M4902x この形に飽きたらまた元に戻すことが可能なので気分次第で弄くれます。やはりM4の醍醐味はこういった組み換え遊びでしょう。今回、RASがオークションで思いの外お安く手に入ったのが幸運だったよ。

M4903x 米軍の夜間戦闘能力は暗視装置のおかげで高まったわけだけど、M4へのRASの搭載というのがそれに大きく貢献している。暗視装置用光学機器をレールによって簡単に装着できるからだ。米国ほど制式銃にレールシステムを行き渡らせている国が無いことから、やはり米軍がこの分野では一歩先を行っていると言えるね。

と、思ったらG36もモジュラーシステムだったね。さすがドイッチュ。UKのL85にもRASが支給され始めているようだ。日本でも陸自最精鋭部隊である特殊作戦群では89式と同時にM4も使用していると言われているけど、要は89式の拡張性の低さがそうさせるのだろう。

そういえば米軍の次期突撃銃のトライアルはどうなっているんだろうね?

SCARも5.56mmのLはキャンセルされたっていう話だし、M4がオプションパーツでかなりモダナイズされちゃったから、もうちょいこのまま行っちゃおうかなー的な雰囲気なんだろうか。

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2011年5月19日 (木)

iPhone BOY

Ih01 見ての通りiPhoneです。今まで俺は外出する時に携帯を持っていかないことが多く、連絡がとれずに難儀することがあった。まあ、俺が難儀するわけじゃなく相手がだけどね。

携帯ってものが未だに好きになれないからしょうがないのだが、iPodはかなり以前から使っているので、iPodに電話が付いた感じのコイツならばきっと愛着が沸くだろうということで乗り換えてみた。

そんで、やはりタクティコーな人間としてはカバーはMAGPULということになるわけだよね。

Ih02 まあ、このブログを読んでる人は大抵タクティコーな人達なのでMAGPULと言えば説明は要らないんですが、近年ミリタリー業界に斬新なインダストリアルデザインを持ち込んで話題のメーカーです。

Ih03 カラーはいろいろとあるんだけど、マルチカムに合いそうなデザートカラーでいってみました。裏返しておけば迷彩効果でいろんな場所に溶け込みます。硬質ラバー製で落としてもショックを吸収してくれそうです。

側面の突起も滑り止めになっていてイイ感じだね。これで俺のiPhoneもヘビーデューティな雰囲気を纏ったぜ!

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2011年5月 7日 (土)

マルチカムBOY

Hav00時代はA-TACSに流れているわけですが、今さらながらマルチカムです。

私見ながら、迷彩効果はA-TACSに軍配が挙がるような気がしますが、あまりにもケレンミが無さすぎなので俺はマルチカム派です。

メットもペイントされたレプリカが出回ってますが、状況によってはデザートタイガーもまだまだ出動するのでヘルメットカバーで両対応することにしました。

Hav02 このヘルメットカバーはタクティカル・テイラー社製で偽装用枝刺し穴が無いタイプ。すっきりして見えます。

Hav01 ていうか、まだBDUは持ってないんですがね。円高だし、米軍がアフガンで使ったこともあって当初より大分価格がこなれてきました。近いうちに中田商店にでも仕入れに行くつもりです。

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